東京高等裁判所 昭和43年(う)188号 判決 1969年3月24日
主文
原判決を破棄する。
本件を東京地方裁判所に差し戻す。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人佐藤義行、同松本昌道がそれぞれ差し出した控訴趣意書に記載してあるとおりであるから、これらを引用し、これに対して当裁判所は、次のように判断をする。
弁護人佐藤義行の控訴趣意第二点、第四点について。
一、所論は、(一)原判決において「被告人は………タカネ商事株式会社の………業務に関し物品税を免れるため、ことさら会社名義の製造開始申告書を提出せず、真実製造をしていない村田和夫、高橋努、有限会社東邦産業の名義を藉り、同人らが………物品を製造する旨の第二種物品製造開始申告書あるいは第二種物品製造業譲受申告書を……提出し、……もつてあたかもタカネ商事株式会社は、右村田らの製造にかかるゴルフクラブ用バツグを同人らより仕入れて他へ販売するものであるかの如く仮装したうえ、ゴルフクラブ用バツグ合計一万一八八九本を代金合計三億四一一一万四〇〇〇円で……移出販売したにもかかわらず、……申告書を提出せず、かつこれに対する物品税も納付することなく、前記村田らの名義で右移出数量、金額の一部しか掲記しない内容虚偽の申告書を提出するとともにこれに応じた物品税を納付し、もつて不正な行為によつてこれに対する物品税合計九七四万六四〇〇円を免れた」と認定した上、他方被告人が村田和夫名義で物品税計金三三万五一六〇円、高橋努名義で物品税計金一〇二万七七二〇円、有限会社東邦産業名義で物品税計金二一六万六〇四〇円をそれぞれ納付したことは認められるけれども、「被告人としては、右村田ら三者の名義をもつて申告書を提出し、これに対する物品税を納付したのも、……いわばタカネ商事の物品税を逋脱する一手段としてなしたものであつて、これをもつてタカネ商事自身の申告、納税としての法的効果を期待していたものではない。」「またタカネ商事自身としては何ら申告、納税をしていない以上、その移出にかかるゴルフクラブ用バツグ全部について物品税を逋脱したものといわざるを得ない。」と説示して、村田和夫、高橋努、有限会社東邦産業の名義(以下、村田ら三者名義と略称する)で申告納付した物品税の額は、本件の逋脱額より控除すべきものでないと解したが、右は物品税法第四四条第一項第一号の解釈を誤り、その結果、不正に免れたとされる物品税逋脱額を過大に認定したから、判決に影響を及ぼすことの明かな法令適用の誤りがあり、また(二)被告人は村田ら三者名義で納付した物品税額の範囲については、物品税を不正に免れようとの認識を欠いていたのであるから、この額分の逋脱について故意がないにかかわらず、原審はこの分についてまで故意があつたと認定したのであるから、これは判決に影響を及ぼすことの明かな事実誤認であると主張するので、まず原判決挙示の証拠及び当審における事実取調の結果によつて、本件物品税法違反の動機、計画、犯行の方法、態様を左に明白ならしめることにする。
(イ) 被告人は昭和三四年一一月一八日有限会社高峯産業を東京都荒川区尾久町一〇丁目一七九八番地(後に同区町屋七丁目四番二号に町名変更)に設立し、ゴルフクラブ用バツグ(以下、ゴルフバツグと略称する)の製造及び販売を初めたが、昭和三七年六月荒川税務署長から物品税法違反により罰金一〇万円に相当する金額の通告処分をうけたので、このように製造業者が販売を行えば、税務署により移出数量ないし物品税額が正確に把握されることに気付き、これを機会に事実上は自己がゴルフバツグの製造業務及び販売業務を統轄していながら、製造部門(真実に製造をしていない第三者名義)と販売部門(被告人を代表者とする会社名義)に分別し、税務署による監視、検査を困難にし、更に種々の工作を講じて、物品税の納付を軽減せしめようと計画した。
(ロ) そのため被告人は昭和三七年六月中に有限会社高峯産業の前記所在地にゴルフバツグの下請業者たる村田和夫を居住させると同時に、有限会社高峯産業によるゴルフバツグの製造を中止し、同月二二日付で村田製作所こと村田和夫名義をもつて同月一日より有限会社高峯産業の前記所在地でゴルフバツグの製造を開始した旨の物品税第二種物品製造開始申告をなし、他方被告人は同年七月一〇日台東区浅草寿町三丁目六番地(後に同区寿町四丁目一六番一号に町名変更)にタカネ商事株式会社を設立し(後に同都渋谷区富ケ谷一丁目一七番地の三に移転)、登記簿上の営業目的も運動具などの販売となし、自己がその代表取締役となり、前記村田らが製造したゴルフバツグを仕入れて、これを販売するものであるかのように仮装した。
(ハ) その後、村田が形式的な製造業者となることを嫌つたので、被告人は昭和三八年三月一八日付でタカネ商事株式会社社員の高橋努において村田和夫からゴルフバツグ製造業を譲りうけた旨の物品税第二種物品製造業譲受申告をし、次に高橋も製造名義人であることを辞したので、同年一二月二三日付で高橋努名義にて物品税第二種物品製造廃止申告をすると共に、同日付をもつて有限会社東邦産業(被告人が資金の全部を出資して同月一二日設立したもので、名目上の代表取締役は田村惇であるが、同人はタカネ商事株式会社の社員)名義で、ゴルフバツグなど運動具の製造開始をする旨の物品税第二種物品製造開始申告をしたが、この場合も前同様に高橋努、東邦産業が製造したゴルフバツグを、タカネ商事株式会社において仕入れて、これを他に販売移出するように装つたのである。
(ニ) なお被告人はゴルフバツグの移出に関し、村田ら三者名義人の製造期間に応じて月毎に数量、課税標準金額、課税標準額、税率、物品税額などを記載した物品税納税申告書を荒川税務署長に提出して、当該物品税を納付したが、それは昭和三七年七月分以降同年一二月分までは村田和夫名義による物品税計三三万五一六〇円、昭和三八年一月分以降同年一二月分までは高橋努名義による物品税計一○二万七七二○円、更に昭和三九年一月分以降同年八月分までは有限会社東邦産業名義による物品税計二二二万四二八〇円(原判決の算定は二一六万六〇四〇円)であつた。
当時、被告人はゴルフバツグの実際の移出量の一部については、移出をうけた側と結託して物品税を含まない、安い金額の取引、いわゆる裏取引をして、これに関する証憑書類をすべて残さない工作をし、また一部の取引は、いわゆる表取引としてタカネ商事株式会社の仕入帳、商品受払帳、売上日記帳などに記載していたけれども、被告人が村田ら三者名義で提出した、各月の物品税納税申告書記載の数量、課税標準額などは、被告人が計算した製造原価の概算を標準としたものであつて、実際の移出数量及び移出価額よりも相当に少額であつた。
二、以上の事実に徴すれば、逋脱犯、同未遂犯の故意については、被告人は村田ら三者名義で真実の移出数量、課税標準額の各一部分を記載した物品税納税申告書を提出し、これに応じた物品税を納付することによつて、右納付税額を除いた、その他の多額の物品税を逋脱しようと計画して、これを実施したものというべく、この場合、被告人としては、提出された村田ら三者名義の申告書による申告の有効、無効は念頭になかつた筈であり、即ち被告人により認識された逋脱事実の範囲は、各月における事実の移出数量、課税標準額及びこれに応じた物品税額から各月毎に提出した物品税納税申告書記載の数量、課税標準額、物品税額を控除した部分に限られるものと解するのが相当であり、従つて右の部分については逋脱の故意が存したが、納付分関係については故意はなかつたものと解するのが相当である。
しかるに、原判決は、納付した税額分の範囲についても逋脱の故意を認めたのであるから、原判決には法令の解釈の誤りないしこれにもとづく事実誤認の疑があり、右は判決に影響を及ぼすことが明かであるので、論旨は理由がある。
三、次に逋脱額の範囲に関する原審の認定の当否を検討するのに、前記の事実に徴すれば、被告人はタカネ商事株式会社の納付すべき物品税を免れようと考え、ことさら同会社名義の物品税第二種物品製造開始申告書を提出せず、逋脱の一手段として村田ら三者名義をもつて右申告書を提出し、これに対する物品税を納付したことが明かであるところ、原判決は右のような三者名義の申告、納税については論旨主張の実質課税の原則の趣旨を容れるべき余地はなく、タカネ商事株式会社自身の申告、納税としての法的効果をもたらさないとの見解を明かにしているのである。
もとより実質課税の原則(実質主義)は、明文の規定の有無にかかわらず、税法の一般原則として適用されるものであるが、論旨が右の実質課税の原則の適用として、何人がいかなる目的をもつて納付しようとも、当該納付された金員については収入が確保され、侵害されるべき法益は存在しないから、その納付行為は有効であると主張するのは、余りに広範な、漠然たる、合目的的な解釈であつて当裁判所はたやすくこれに賛同することはできない。
けだし、納税申告も一つの意思行為である以上、全く申告意思を欠いた申告や何ら利害関係も権限もない他人のなした申告などは無効と解すべきであるが、前記事実により明かなように、申告書の名義人は架空人ではなくて、被告人を代表者とするタカネ商事株式会社の社員ないし下請業者であつて、これらの者は被告人の要請により名義貸与を承諾したものであるし、更に申告書記載の数量、課税標準額なども、実際の移出数量、移出価額の一部分を示したものであり、申告内容自体に限れば、すべて虚偽であつたのではないから、前示のごとく被告人に逋脱の意思があつて、そのための工作であつたとするも、村田ら三者の名義の申告、納税を直ちに無効と解するのは不当である。
従つて、原審が右の納税を無効と考えた結果、その納税分を逋脱額の範囲から控除しなかつたのは、法令の解釈適用を誤つたものといわなければならず、論旨は理由がある。
四、更に原審認定の逋脱の数額につき検討するのに、原判示事実によれば、被告人は村田ら三者名義をもつて実際の移出数量、移出価額の一部しか掲記しない申告書を提出すると共に、これに応じた物品税を納付し、もつて不正な行為によつて物品税を免れ、また免れようとしたというのであるから、各月毎の物品税の納付金額は、もとより逋脱額を下廻り、少額であるべきところ、原記録の各証拠を検討するのに、昭和三七年七月分の逋脱税額の原審認定は八万八〇〇〇円(起訴状の逋脱税額一一万五二〇円、告発書の逋脱税額一三万五四四〇円)であるのに、村田和夫名義の納付金額は一三万四五六〇円であり、昭和三九年七月分の逋脱税額の原審認定は三八万一八四〇円(起訴状の逋脱税額三九万六一六〇円、告発書の逋脱税額四九万三〇八〇円)であるのに、有限会社東邦産業名義の納付金額は四二万三六〇〇円であり、また同年八月分の逋脱未遂税額の原審認定は二六万一二八〇円(起訴状の逋脱税額二九万八三二〇円、告発書の逋脱税額四一万三四四〇円)であるのに、有限会社東邦産業名義の納付金額は二七万円であることが認められ、右事実に徴すれば、いずれも第三者名義による納付金額が逋脱額を上廻つていることが明らかであり、しかも、この点につき原判決は、特段の説明を加えていないのである。
従つて、右の当該月分における逋脱額に関する原審認定は、審理不尽にもとづき事実誤認を犯した疑もあるし、また理由不備ないし理由の喰い違いがあると解されるので、この点についても、論旨は理由がある。
よつて他の論旨及び弁護人松本昌道の論旨について判断を加えるまでもなく、本件控訴は理由があるから、刑事訴訟法第三九七条第一項、第三七八条第四号、第三八〇条、第三八二条により原判決を破棄し、さらに審理を尽くさせるため、同法第四〇〇条本文により本件を原裁判所に差し戻すこととし、主文のとおり判決する。